氷点下の虹

ささやかな日常の記憶… since 2007.10.22

終わらない悲しみと魂の叫び

Nottestellata、本当に素晴らしい公演だった。愛と、悲しみと、祈りと、希望に満ちた空間に、温かい拍手と声援が響き、心のこもったプログラムたちに胸を震わせる。そんな忘れられないひと時であるとともに、彼の心の痛みの波にのまれ、翻弄された時間でもあった。ライブビューイングとHuluで11日と12日の公演を観覧した私の心にぐるぐると渦巻いた想いを、言葉にできる限り書き留めておこうと思う。私が感じた私だけのあの日の話し。

2023年3月11日、あの場所に居た彼は、終わらない悲しみに引きずられるように全身から叫びを発していた。耳をふさぎ、目をつぶり、心を塞いで守ることもせず、まるで彷徨い続ける魂たちにその身を差し出しているかのようだった。感受性豊かに自然の営みを、世界にあふれる音を、人々の心の声を感じながら生きてきたであろう彼にとって、あの日の出来事はどれほどの傷跡をその胸に刻んだのだろうか。12年の月日が流れてもなお、崩れ落ちてしまいそうな悲しみを感じるほどに…。

家族の愛を一身に受けてキラキラ輝いていたはずの男の子が、「幸せを削ってでも」と口にするに至る…。歩んできた道のりは想像を絶する苦悩と葛藤の連続だったのだろうと胸中を慮ることしかできない。それでも、苦難の連続の人生の中にあれば、「幸せになりたい」と願うものなのではないだろうか。けれども、帰らぬ日々や大切な人を想い、必死に前に進もうとする人たちの心に寄り添い続ける彼は、自らが必死で積み上げ磨きあげてきたものを、希望の光へと押し上げるためにさらに血のにじむような努力で磨きあげ研ぎ澄まし、慈愛をのせて全て捧げてしまう。あのとき感じたという罪悪感に今なお囚われているかのように…。

茨の道を歩めば、鋭い棘に傷つかないはずはない。それなのに、つらく苦しいこと、ときに醜く心を蝕むことからも目を背けない。決して易きに流れることなく、己の志すものをひたすらに追い求めることをやめない。けれど彼は、精神にも肉体にも限りがある生身の人間なのだ。捧げれば消耗する。注いでしまえば空っぽになる。惜しげもなく出し尽くしてしまう彼を、どうすれば満たすことができるのだろう。治りきらないままに増えていく傷をどうすれば癒やせるのだろう。そんな遣る瀬なさに胸が痛んだ。

これは全て私の主観だ。誰が何と言おうとも、彼は決めた道を真っ直ぐに歩むのだろうし、手にする幸せも、削る幸せも、それによって失うものも得るものも、彼にしかわからない。彼にとっては、全てを懸けて何もかもを捧げて、そうすることでしか得られない幸せもあるのかもしれない。それでも、安らぎを、癒やしを、幸せを、願わずにはいられなかった。

プロとして歩みだしたばかりの彼の人生はまだまだ続いていく。これからも、全身全霊で氷の上を舞い続けるのであろう彼が、長い道のりの最後に歩みを止めて振り返ったとき、その目に映るのはどんな景色なのだろうかと考える。彼の想いを受け止め、応援することしかできないけれど、足元を、行く先を、私達のささやかな光がほんの少しでも明るく照らせたらいいなと心から思う。そうして、振り返った景色が優しく輝きを放っていたら、彼は懐かしそうに目元を緩めて笑ってくれるだろうか…と。

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